クリエイター視点の国際映画祭Q&A『東京国際映画祭から世界へ』

クリエイター視点の国際映画祭Q&A『東京国際映画祭から世界へ』

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  • 28/04/2022

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画像提供:東京国際映画祭

PROFILEフランス・パリ生まれ。スイス育ち。日本興業銀行(現・みずほ銀行)に勤務し、退職後は映画の配給、宣伝を手がける一方、ドキュメンタリー映画のプロデューサーおよびフランス映画祭の運営に携わる。その後、東京国際映画祭に入り、「日本映画・ある視点」(第17〜25回)、「日本映画スプラッシュ」(第26回〜)部門のプログラミング・ディレクターも務める。2007年から「コンペティション」部門のプログラミング・ディレクターに就任。

Q1 クリエイターが注目すべきTIFFの日本映画部門は?

A. この1年の日本を代表する作品の中から、TIFF独自の視点で選んだ「Japan Now」部門や、デジタル・リストアされた不朽の名作を上映する「日本映画クラシックス」部門などもありますが、クリエイターの方に特に注目していただきたいのは、ワールドプレミア上映に限った「日本映画スプラッシュ」部門です。

2004年、その前身にあたる「日本映画・ある視点」部門を設立し、やや小規模な国内の商業映画を対象としてスタートしたのですが、設立当初から「『特別招待作品』部門の日本映画とどう違うんだ?」と言われまして…。そこで2009年、思いっきりインディペンデントに振り切りました。その年の作品賞が、松江哲明監督が74分間の全編を1カットで撮ったドキュメンタリー『ライブテープ』(2009)。松江さんは当時も今も、TIFFは敷居が高いから出品を止めておこうとは一切言わないフェアな人で、実際「TIFFに松江監督が出品するんだ!」と評判を呼んだんです。そして、翌年の作品賞が、深田晃司監督の『歓待』(2010)。その数年で、インディペンデント重視の国内コンペティション部門という特色を強く打ち出せるようになりました。

よく若手作家部門と言われがちなのですが、必ずしも“若手”に限ってはいません。ただ、インディペンデント作品を重視して募集すると、結果的に新人監督の応募が多くなってしまうことはあります。スピリッツとしては老若男女を問わず、海外に挑戦してもらいたい、海外に向けて発信したい——。そんなインディペンデント映画を応援する部門が、日本映画スプラッシュ部門なんです。

▲『ライブテープ』で参加した松江哲明監督、前野健太、長澤つぐみ。画像提供:東京国際映画祭

Q2 日本映画スプラッシュ部門で注目された監督は?

A. 筆頭は、前身の日本映画・ある視点部門作品賞受賞の深田晃司監督でしょうね。『歓待』の次の作品『ほとりの朔子』(2013)がナント三大陸映画祭でグランプリを受賞し、『ほとりの朔子』と『さようなら』(2015)はTIFFのコンペティション部門に出品されました。その翌年には、カンヌ映画祭ある視点部門で『淵に立つ』(2016)が審査員賞…という。彼は別格かもしれませんが、TIFFにとっても、日本映画業界にとっても、貴重な存在だと思います。

今年のTIFFにコンペティション部門でお迎えできた今泉力哉監督もその一人。今泉監督は、2013年『サッドティー』で日本映画スプラッシュ部門に初出品されてから、同部門には3回、特別招待部門に1回…と、今年のコンペ出品を含めると計5回も出品いただいている縁の深い監督なんです。稀にTIFFが育てた監督と言っていただく時があるんですが、とんでもない間違いでその真逆。日本映画スプラッシュは今泉さんに育ててもらった部門なんです。

▲2010年、『歓待』で日本映画・ある視点部門の作品賞を受賞した時の深田晃司監督。

画像提供:東京国際映画祭

Q3 クリエーターがTIFFに出品するメリットは?

A. 今泉力哉監督が、今年のTIFFの会見で、「同世代の松居大悟監督や渡辺紘文監督と一緒に切磋琢磨してここまでたどり着いた」と仰っていましたが、最大のメリットは“出会い”だと思います。そうした同じ志を持った人との縁が、今後、監督として生きていく上で一番の財産といえるんじゃないでしょうか。

それは、海外のプログラマーとの“出会い”という意味でも同じ。カンヌ、ヴェネチア、サン・セバスチャン、ロッテルダム…と、主要な映画祭のプログラマーや海外関係者を毎年招聘しているんですが、監督たちが自らプレゼンするコーナーを設けて、その後、会食したりとか。会期中はほぼ毎晩、“交流会”という名の飲み会を行なっています。例えば、国際交流基金主催のパーティーや、TIFFプログラミング&プロモーションチームの交流パーティーには、海外から来日しているプレス、海外の監督らが大勢参加するので、その場に日本の出品監督をお誘いすることも。僕自身、海外の映画祭に参加して、映画との出会い以上に、人との出会いが、その次の“何か”に繋がる経験を味わっているんです。ラフな飲み会ではあるんですが、会期中はなるべくそういう“縁結びの場”を設定しているので、ぜひ活用していただきたいですね。

あとは、TIFFに参加いただく方々に発行されるゲストパス。例えば、渡辺紘文監督とその弟で音楽監督の渡辺雄司さんは、パスを利用して片っ端から映画を見まくっています。彼ら自身、めちゃくちゃ勉強になると仰っていたので、会期中は“映画を見まくる”機会にあてる…というのもクリエイターとしての肥やしになるんじゃないでしょうか。

クリエイター視点の国際映画祭Q&A『東京国際映画祭から世界へ』

▲交流会“シネマナイト”の様子。会期中はこうした場が多数設けられている。

画像提供:東京国際映画祭

Q4 海外の映画人との交流はどうプラスになる?

A. TIFFでは、ぜひアジアの映画人と積極的に交流してほしいですね。アジアの映画監督は、他国との共同製作に意識的な人が多いんです。なかなか自国だけでは製作資金が集まらないので、例えば、タイ、マレーシア、フィリピンのプロデューサーを回って、3,000〜5,000万円規模で映画を撮るという共同製作に次々とチャレンジしているんです。数カ国をまたいで資金を集めることができれば、自分のオリジナル脚本でも勝負できる可能性がある。そういう厳しい現実を自ら切り開いているアジアの映画人と接して、ぜひ刺激を受けてもらえたらと。

それに日本の映画業界って特殊なんだ、ということに気づいてほしいんです。本当に海外で勝負するには、才能よりも、具体的な戦略や知識がいる。僕は、映画ビジネスの仕組みを知るというのは、監督であっても決してムダではないと思っています。

▲会見で日本映画スプラッシュ部門の作品解説する矢田部PD。

画像提供:東京国際映画祭

Q5 TIFFは誰でもエントリーできる?

A. 応募サイトのエントリーフォームにデータを入力してもらうだけなので、誰にでも門戸が開かれています。かつてはDVDを郵送してもらっていたんですが、日本映画は今ほぼ100%がVimeoかYouTubeの視聴リンク。コンペでも日本映画スプラッシュでもエントリーの入り口はひとつで、部門は作品ごとにこちらで選ぶ、という形ですね。

規約としてあるのは、TIFFでワールドプレミアを迎える“新作”であること。あと、コンペティションは“原則”ですが、ドキュメンタリーは入れられない。過去、唯一の例外が松江哲明監督の『フラッシュバックメモリーズ3D』(2012)。あの映画は、フィクションとドキュメンタリーの垣根を超える力があったんです。逆に日本映画スプラッシュはOKで、昨年も『愛と法』というドキュメンタリーが作品賞になりました。

作品の尺は「60分以上」と定めていて上限時間は設けていないですが、120分を超えてくるとやはり出来の良さがかなり期待されちゃいますし、常識的な長さが望ましいです。インディペンデントの作品になると監督自身が編集をしていることも多いので、なかなか切れないのかもしれません。選考をしていて、もう少し短くまとめてくれれば…と思うことは多々ありますね。

▲日本映画スプラッシュ部門を含むコンペティティブ部門共通のエントリーフォーム。応募期間中はTIFF公式サイトから誰でもアクセス可。

Q6 エントリーされた作品の選考基準・審査方法は?

A. TIFFは8〜10名のスタッフで予備選考をして、そこで出た評価を参考にしながら、40本ほどに絞られたら一気に決める。僕はコンペも担当しているので、選考期間の3カ月で外国映画も含めて500本ぐらいの作品を見ているのかな(笑)。

選考基準を言葉にするのは難しいですが、それぞれの監督たちが世界をどう見ているか、という視点は大事だと思います。ある程度の社会性を映画に反映させていなければ、海外では勝負できません。日本語の分からない外国人になりきって英語字幕で見て、この作品の面白さが伝わるだろうか…ということはすごく意識しています。

ちなみに、エントリー時にポスプロ中でも大丈夫です。未完成では応募できないと思う人も多いみたいなんですが、そういう状態で山のように作品を見ているので、柔軟に出してほしい。ただ、「ポスプロは重要ではないのか?」というと、そういうことではない。僕個人の印象ですけど、選ばれた作品の色づかいやルックに共通したトレンドがあるとはあまり思わないですね。トレンドではない自分の色を確立している、ということです。

画像提供:東京国際映画祭

Q7 今年のTIFFは新人監督の作品がなぜ多い?

A. 最終的な選定段階に入ったあたりから、「今年は新人が多くなりそうだね」とスタッフ間で話していたんですが、結果的には活きの良い新人が目立った…という。象徴的なのは、城西国際大学メディア学部の卒業制作作品である『海抜』。高橋賢成監督はまだ22歳ですが、扱う主題にも深みがあって、腰が据わっているなと。粗削りなマイナス面よりも、プラス面を評価すべきだろうという声が、選考した我々の共通意見でした。

あと今年の結果が楽しみな1本という意味では、脚本が素晴らしかった『僕のいない学校』にも注目です。実はこの作品、いわゆる“撮影現場モノ”なんですが、そうすると『カメラを止めるな!』の話は避けて通れない(笑)。製作費が300万円と言われていますが、あの大ヒットは、数十年に一度どころか、日本映画史上最初で最後かもしれない奇跡のようなもの。あの成功に感化されて来年のエントリーに、100万円映画が増えたらキツいな、と本当に心配しています。

そして、新人監督という意味でも、今年のトピックとして注目なのが、80〜90年代生まれの14名の女性監督と、1名のアニメーション監督が参加した短編オムニバス作品『21世紀の女の子』です。というのも、昨年から「#Me Too」問題がずっと継続していて、女性監督の人数の少なさに対する意識喚起がカンヌでも大きな話題になったんです。そんなときに、プロデュースを担当した山戸結希監督が、同作の出品の打診に来られたんです。その時に、「自分の夢は、劇場公開されている映画の半分が女性監督の作品になることだ」と仰られて…。そんな彼女の志を聞いているうちに、「これはTIFFでやるべきだ」と思ったんです。気鋭の女性監督たちが集う作品であれば、日本映画スプラッシュ部門のほうが、むしろ居場所として適しているんじゃないかと。橋本愛さんをはじめ、出演されている女優陣も豪華ですし、レッドカーペットも大所帯になるのかな。すごく豪華で目立つと思いますよ。本選の8本にも、穐山茉由監督と大木萠監督という2人の女性監督が入っています。この男女比率も、逆になる時代が来ると良いなと思いますね。

▲今年の映画界最大の注目作『カメラを止めるな!』。©ENBUゼミナール

▲『21世紀の女の子』にはプロデュースを担当した山戸結希も監督に名を連ねる。©21世紀の女の子製作委員会

▲22歳の気鋭・高橋賢成監督の『海抜』。©2018 YELLOW COUPLE

▲『僕のいない学校』は専門学校の現職教員でもある日原進太郎監督の作品。©MONKEY ACROBAT STUDIO

教えて!矢田部PD

若い監督には、オランダのロッテルダム国際映画祭にぜひ挑戦してほしいです。門戸が広く開かれているので、選出される確率も高いですし、若手監督がプロデューサーをはじめとする映画人と交流できるシステムが整っている映画祭です。TIFFもお手本にしたいくらいですが、そこは歴史が違いますね。

日本映画スプラッシュ部門が見習うべき、インディペンデント精神にあふれた映画祭という意味では、ロカルノ国際映画祭も素晴らしい。来年からディレクターが変わるので、どのような傾向になるか自分も楽しみにしているんです。

▲矢田部PDが撮影した2013年のロッテルダム国際映画祭の様子。

画像提供:東京国際映画祭

第31回東京国際映画際日本映画スプラッシュ部門3大トピックス

「国内のインディペンデント映画にひとつでも多く賞を!」という矢田部PDの働きかけにより、作品賞に加えて監督賞が新たに設立された日本映画スプラッシュ部門。今年の同部門は、矢田部PD曰く「キャリアも実績もある武正晴監督が、7人の新人監督を迎え撃つ」という構図に。15名の女性監督が集う特別上映枠も含め、例年に増してフレッシュな作品がそろった。

[第31回東京国際映画祭 開催概要]会期:10月25日(木)〜11月3日(土・祝)会場:六本木ヒルズ、EXシアター六本木 ほかhttps://2018.tiff-jp.net

●ビデオSALON2018年11月号より転載